August 2012
“今回上野の東京都美術館で開かれている「マウリッツハウス美術館展」にはフェルメールの「真珠の首飾りの少女」が展示されており、それを宣伝するためにタレントの武井咲がその絵の少女に扮している広告があった。フェルメールではなく、この広告の企画を考えた広告代理店に対してバッカじゃねえのと思った。フェルメールの作品を美少女を見るのと同じと思っているんだろうか。行列を作っている観客はフェルメールの描いた美少女を見たがっているんだろうか。”
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フェルメールはユトリロ? - mmpoloの日記 (via ginzuna)
細かいことを言えば,「首飾り」の方は別の美術展ですけどね。
(via kikuzu)
これとは違う話で、高校の美術の教科書なんだけど「首飾り」をトリミングして表紙デザインに使っていて驚いた。いや、描かれていないところがあるから、描かれている主題や意味が存在するわけで・・・。顔が大きくはいっていればいいのかな、とかいろいろとその主旨について察してみたけどよく理解できませんでした。。。
“
フェルメールばやりだ。フェルメールが1点含まれていれば○○○美術館展に行列ができる。突然のこのブームは何なんだろう。たまたま会ったさとうさんに、そのことを質問した。さとうさんは抽象画を描いている。彼女の答えはなんとユトリロよ、というものだった。昔ユトリロがすごく人気があったでしょ、それがフェルメールに替わっただけなのよ。なるほど。
そういえば半年ほど前、養清堂画廊で個展を開いていたアメリカ在住の画家も似たことを言っていた。日本で流行っているあの画家って何なの? と聞いてきた。彼女はVermeerの発音も知らなかった。アメリカではこの画家のこと誰も知らないわよ。
” —フェルメールはユトリロ? - mmpoloの日記 (via ginzuna)
“世の中の書物を見ればすぐわかるように、テクストは書物の隅から隅までを埋めつくしてはいない。表紙があり、表題があり、見出しがあり、レイアウトがあって、余白があって、段落がある。”
—『記憶術と書物』メアリー・カラザース 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇 (via do-nothing)